2008年01月11日
ボスの机上アクセサリー
今日はバイトの日。
週に二回午前中のみの勤務、私はここに来るのが大好きである。
自分専用の部屋とパソコンと珈琲メーカーとオーディオがあって、適度な量の事務仕事もさることながら、あらゆる点でお手本にしたい偉大なボスに心地よい刺激を受けることができるからである。
今日は急ぎの決裁事項があり、ボスの部屋に入室することが多かった。
私が作った文書の叩き台を赤ペンで丁寧に直してくれる姿勢を拝見していると、年頭に、ある人よりいただいた強烈なお説教の中の一つ「○○先生(←ボスのこと)の仕事や人生に対する姿勢を学びなさい」を思い出した。
文中の「新」をすべて「次期」と訂正する必要が出た。ボスはすべての「新」を「次期」と丁寧に赤で書き換える。私が意識せずにうっかり略してしまった日本語も丁寧に赤で直す。それでいて、真っ赤になるほど訂正が必要なたたき台を作った私に一言のイヤミもなく「おそくまでどーもすんません」とおっしゃる。
中途半端に合理主義な私は、「それなら、『この言葉をこれに全部置き換えろ』という指示をどこかに書いてくれたら、ワードの全置換を使って1回でませるのに。。先生も他のことをする時間も増えるのに」とちらり。。
でも、よーく考えてごらん(ともう一人の自分)。
ボスと私の人生を比べてみると、「明らかに」「誰が見ても」「年齢は関係なくても」ボスの方が、世間で言うところの「勝ち組」、何より超健康で幸せそうである。
訂正しなければならない語句の一つ一つを丁寧に書き直す時間を惜しまなくても、幸せになるための時間はたっぷりあるということなのだ。
大学教授の時代から、研究者や教授からすればたかだか事務書類(現実に「だいたい事務屋さんはくだらない書類で僕らの手を煩らわせる。。君たちと違って研究や医療で忙しいんだよ」と、回答の必要なものもスルーする教官はかなりいた)であっても、この人は、事務の人間や書類を見下したり軽く扱うことはなかった。スルーしても咎められないくらい大学教官や医師の仕事が過酷だったのも事実なのに。
「職員の登録車のステッカーの様式が変ったのでもとのステッカーをはがして持ってきてください」みたいな文書が来たら、どの医局員よりも早くステッカーをはがして渡してくれる。それが一日ずれたりしたら、ちょっと額を紅くして「うっかりしてて外すの忘れてん。明日持ってきますー」とわざわざ言いに来てくれる。
限定された世界の中ではあるが、そこではまぎれもなく「天皇」と呼ばれた人の偽りのない姿である。
1994年、私がボスに出会う前年、これに比べたら「白い巨塔」なんて全然可愛いと思えるような学内ドロドロ劇の犠牲となって、今考えると完全なる陰謀で、ボスはある事件に巻き込まれた。
別の基礎講座でいた私は、毎日のように押し寄せるマスコミの人達をみながら「おっきな臨床の医局はたいへんだなあ。お金もいっぱい動いたんだろうな」くらいの認識しかなくて、やっかみ面白半分の噂を真に受け、彼を「巨悪」だと思い込んでいた。
だから、その翌年、在宅起訴された前任者の後に事務官としてボスのところに配属する辞令をもらったときは、天地がひっくりかえるくらいびっくりしたんだ。でもそれが今に繋がるすべての始まりだった。
あれから13年経つが、異動の挨拶のためビビりながら教授室に入った時、私に投げ掛けてくれたボスの笑顔に感じた人の良さは真実だったんだと、今もその笑顔が変らないことが証明してくれる。
この人に出会ったお陰で、私は本当に変わった。それまでは「5時から後、どこに誰と遊びに行こう♪」ということにのみ頭を使っていた自分が、「仕事って、一生懸命やればやるほど楽しいんだ」ということを知り、夜中の1時2時までやれることは全部やってから、嬉々として帰る仕事の鬼と化したんだから。(今はもとの怠け者に戻っています、、はい)
人が変わるほどやる気を持てた最大の理由は、彼がほとんどの仕事を、前任事務官に痛い目に遭わされているにも関わらず、全く信頼して任せてくれたことにある。
そして、本人は、その日に入手した書類はその日の打ちに紙のファイルに綴じて、1-3年でファイルごと捨てる、ということをコンスタントに続ける普通に真面目な人なのである。
回想シーンが長くなってしまったけど、机のアクセサリーもボスのお人柄を如実に現していると感じたので、ここに書き留めておくことにします。
★40年ものの曲線の穴開けパンチ(とても物持ちが良いのです。色はグレー)
★尊敬する人の定年退官記念の記念品「小振りの置き時計」(東洋色の濃い文字盤の絵付けがとても綺麗です)
★GIORGIO FEDON のトレイ(実はブランド大好きだったり)
★製薬会社の名前の入った真鍮の文鎮(製薬会社の販促グッズには粗品とは呼べないほど素敵なものがあります
★黒檀の印鑑台(1996年に私が上海に行った時に買ってきたお土産。長く使ってくださっています)
★モンブランのボールペン(これも少なくとも1995年から愛用されています)
以上。
※ボスが「マロンの冒険」を見ている可能性を微量ながら感じたため、ゴマをすったわけでは決してありません!・・・・あれ?
週に二回午前中のみの勤務、私はここに来るのが大好きである。
自分専用の部屋とパソコンと珈琲メーカーとオーディオがあって、適度な量の事務仕事もさることながら、あらゆる点でお手本にしたい偉大なボスに心地よい刺激を受けることができるからである。
今日は急ぎの決裁事項があり、ボスの部屋に入室することが多かった。
私が作った文書の叩き台を赤ペンで丁寧に直してくれる姿勢を拝見していると、年頭に、ある人よりいただいた強烈なお説教の中の一つ「○○先生(←ボスのこと)の仕事や人生に対する姿勢を学びなさい」を思い出した。
文中の「新」をすべて「次期」と訂正する必要が出た。ボスはすべての「新」を「次期」と丁寧に赤で書き換える。私が意識せずにうっかり略してしまった日本語も丁寧に赤で直す。それでいて、真っ赤になるほど訂正が必要なたたき台を作った私に一言のイヤミもなく「おそくまでどーもすんません」とおっしゃる。
中途半端に合理主義な私は、「それなら、『この言葉をこれに全部置き換えろ』という指示をどこかに書いてくれたら、ワードの全置換を使って1回でませるのに。。先生も他のことをする時間も増えるのに」とちらり。。
でも、よーく考えてごらん(ともう一人の自分)。
ボスと私の人生を比べてみると、「明らかに」「誰が見ても」「年齢は関係なくても」ボスの方が、世間で言うところの「勝ち組」、何より超健康で幸せそうである。
訂正しなければならない語句の一つ一つを丁寧に書き直す時間を惜しまなくても、幸せになるための時間はたっぷりあるということなのだ。
大学教授の時代から、研究者や教授からすればたかだか事務書類(現実に「だいたい事務屋さんはくだらない書類で僕らの手を煩らわせる。。君たちと違って研究や医療で忙しいんだよ」と、回答の必要なものもスルーする教官はかなりいた)であっても、この人は、事務の人間や書類を見下したり軽く扱うことはなかった。スルーしても咎められないくらい大学教官や医師の仕事が過酷だったのも事実なのに。
「職員の登録車のステッカーの様式が変ったのでもとのステッカーをはがして持ってきてください」みたいな文書が来たら、どの医局員よりも早くステッカーをはがして渡してくれる。それが一日ずれたりしたら、ちょっと額を紅くして「うっかりしてて外すの忘れてん。明日持ってきますー」とわざわざ言いに来てくれる。
限定された世界の中ではあるが、そこではまぎれもなく「天皇」と呼ばれた人の偽りのない姿である。
1994年、私がボスに出会う前年、これに比べたら「白い巨塔」なんて全然可愛いと思えるような学内ドロドロ劇の犠牲となって、今考えると完全なる陰謀で、ボスはある事件に巻き込まれた。
別の基礎講座でいた私は、毎日のように押し寄せるマスコミの人達をみながら「おっきな臨床の医局はたいへんだなあ。お金もいっぱい動いたんだろうな」くらいの認識しかなくて、やっかみ面白半分の噂を真に受け、彼を「巨悪」だと思い込んでいた。
だから、その翌年、在宅起訴された前任者の後に事務官としてボスのところに配属する辞令をもらったときは、天地がひっくりかえるくらいびっくりしたんだ。でもそれが今に繋がるすべての始まりだった。
あれから13年経つが、異動の挨拶のためビビりながら教授室に入った時、私に投げ掛けてくれたボスの笑顔に感じた人の良さは真実だったんだと、今もその笑顔が変らないことが証明してくれる。
この人に出会ったお陰で、私は本当に変わった。それまでは「5時から後、どこに誰と遊びに行こう♪」ということにのみ頭を使っていた自分が、「仕事って、一生懸命やればやるほど楽しいんだ」ということを知り、夜中の1時2時までやれることは全部やってから、嬉々として帰る仕事の鬼と化したんだから。(今はもとの怠け者に戻っています、、はい)
人が変わるほどやる気を持てた最大の理由は、彼がほとんどの仕事を、前任事務官に痛い目に遭わされているにも関わらず、全く信頼して任せてくれたことにある。
そして、本人は、その日に入手した書類はその日の打ちに紙のファイルに綴じて、1-3年でファイルごと捨てる、ということをコンスタントに続ける普通に真面目な人なのである。
回想シーンが長くなってしまったけど、机のアクセサリーもボスのお人柄を如実に現していると感じたので、ここに書き留めておくことにします。
★40年ものの曲線の穴開けパンチ(とても物持ちが良いのです。色はグレー)
★尊敬する人の定年退官記念の記念品「小振りの置き時計」(東洋色の濃い文字盤の絵付けがとても綺麗です)
★GIORGIO FEDON のトレイ(実はブランド大好きだったり)
★製薬会社の名前の入った真鍮の文鎮(製薬会社の販促グッズには粗品とは呼べないほど素敵なものがあります
★黒檀の印鑑台(1996年に私が上海に行った時に買ってきたお土産。長く使ってくださっています)
★モンブランのボールペン(これも少なくとも1995年から愛用されています)
以上。
※ボスが「マロンの冒険」を見ている可能性を微量ながら感じたため、ゴマをすったわけでは決してありません!・・・・あれ?
Posted by マロンアルファー at 17:01│Comments(3)
│todo消化法
この記事へのコメント
かっこいい方ですね、素敵です。
Posted by Sebastiano at 2008年01月11日 19:32
長い長い文章ですがじんわり沁みるように~
マロンさんの魅力には、こういったさりげなくかっこいい「おとな」が存在するのでしょうね。であいを大切にしたいと思いました。
ところで、今日アロンアルファーを買いにいったら、吊り棚に下がったパッケージに、
「マロンアルファー」ほんとにそう見えました(笑)
マロンさんの魅力には、こういったさりげなくかっこいい「おとな」が存在するのでしょうね。であいを大切にしたいと思いました。
ところで、今日アロンアルファーを買いにいったら、吊り棚に下がったパッケージに、
「マロンアルファー」ほんとにそう見えました(笑)
Posted by ちま at 2008年01月11日 21:48
Sebastiano
この人柄を「誠実」とか「謙虚」ではなく「かっこいい」と表現できるあなたも、かっこいい人です。
ちまちゃん
ありがとう。でも「魅力的なおとな」に囲まれているはずなのに、年ばっかり喰ってる私は、こどもです。
マロンアルファーは、「いつも人をくっつけて自分は乾いて次へさっさと移るあなたは「くっつけてすぐ乾く」接着剤のようだ、とアンリさんに付けてもらった名前なのです。。チューブの中まで乾かないようにしなくては。。
この人柄を「誠実」とか「謙虚」ではなく「かっこいい」と表現できるあなたも、かっこいい人です。
ちまちゃん
ありがとう。でも「魅力的なおとな」に囲まれているはずなのに、年ばっかり喰ってる私は、こどもです。
マロンアルファーは、「いつも人をくっつけて自分は乾いて次へさっさと移るあなたは「くっつけてすぐ乾く」接着剤のようだ、とアンリさんに付けてもらった名前なのです。。チューブの中まで乾かないようにしなくては。。
Posted by マロンアルファー
at 2008年01月12日 14:17

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