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Posted by あしたさぬき.JP at

2011年12月03日

しあわせで、いてください。

本日、12月3日は、父の命日。
2003年のこの日この時間に療養先の病院から「父の容体が急変した」と連絡があり、坂出に向かった。



父が亡くなった年にどんぐりネットの白井さんに出会い、

翌年には白井さんの導きでどんぐりランドに行くようになりどんぐりネットの大石さんに出会い、

翌々年には大石さんのお導きによって師匠・明石さんに出会って遊ゼミに誘っていただき、

そこで出会った浜崎さんと林さんにJCIの大会での大きな舞台での仕事を戴き、

まちラボが起源である環瀬戸内海アートコンソーシアムの仲間に入れていただき、三井さんとご縁を戴き、

四国村の仕事を戴き、

明石さんにアーツカウンシルの委員会に入れていただき

その活動の中の個展を通して池田さんを知り、遊ゼミで中條さんを知り、連歌の高城修三先生とご縁を戴き、

まちうたの仕事を戴き、

一方では、三井さんを通じてシブヤ大学のツーリズムのコーディネーターをさせていただき豊島を知り、今に至る。

大石さんに明石さんを紹介していただいた後に、話の中で、実は亡き父は、明石さんが11年間毎日書き続けたコラム一日一言を毎日愛読していて、時々ファンレターのような感想文を送ったり、大切にしていた硯を明石さんに贈っていたことが判明した。




明石さんとの出会いはその前後のご縁も合わせて父の仕業のような気がしてならない。

その後の8年間の流れも、導かれていたような気がする。気のせいかもしれないけど。




父のやっていた川柳のお蔭で、575の世界に親近感を覚えていたこともあり、今、連歌にもまだご縁がつながっている。

父の作った無数の川柳に思いを馳せて、今日は、供養がしたい。

http://shinyokan.ne.jp/sk/_notes/id14hico/index2.html  ←これは一部ですが、よろしければご覧ください。


どうか、そちらの世界で、しあわせでいてください。

とりとめのない供養です。

  


Posted by マロンアルファー at 22:51Comments(0)

2009年09月27日

実家の仏間に

小さな硯ばっかり十個入った桐の箱を発見

横から見てもわかるようにさらさらっと書いた亡き父の筆文字のメモに、しばし見とれる  

Posted by マロンアルファー at 12:39Comments(4)

2009年02月17日

流れ落つ涙を献ず最終刊

「ずいひつ無帽」だったか「灰皿」だったか思い出せないのですが、
亡くなった父がやってた会誌が終わる時に、時実新子さんが作ってくれた川柳が
今、頭を過ります。

恋なれり4時には4時の汽車が出る

も新子さんの句。


心の表面張力がマックスになったときに、こんな言葉を紡ぐことのできる自分でいたいな

と思ってみたりして。。


  


Posted by マロンアルファー at 22:34Comments(2)

2008年08月12日

亡き父が,夢にでてきた,

朝方見た夢なので,12日。つまりお盆の開始日に出てきた。

夢の中の父と言葉を交わしたのかどうかは,定かではない。

何か取り留めのないことをしゃべったような,しゃべってはないような,そんな曖昧な,夢。

ただ,父の顔とヘアスタイルと体型は,生前,それも元気な時のまんまで,とてもくっくりはっきりしていた。

夢の中で何か箱のようなものを(アンティークの雑貨やさんで買ったみたいな色あいの)どこかの施設の木製のオープンロッカー越しに渡されたようにも思う。

私に何か伝えたいことがあったのか,そんな切迫感もあったのかなかったのか,わからないような,静かで,普通っぽい夢だった。


これを今朝旦那に話したら,「僕は二日前におとうさんが夢に出てきたよ。でもしゃべったかどうかは覚えてない」と言ってた。

亡くなった人が,お盆にこの世に一時的に帰ってくるというのは,本当かもしれない。







14日にはお墓参りに,丸亀に,帰る予定。  


Posted by マロンアルファー at 17:53Comments(7)

2008年04月29日

だいじょうぶだいじょうぶ

息子のこの連休の宿題に音読がありました。
宿題が終わったら今日はパパに何か買ってもらえるみたいで、昨夜から必死で宿題を片づけていましたが、
今朝一番に、「ママ、音読聞いて!」と本を持ってやってきました。

いとうひろしさんという方の書いたやさしく切ない文を読む彼の声に、耳を傾けます。



何の心の準備もせずに聞いてしまって不覚にも涙。
しまった、やられてしまいました!


小学生の国語の教科書は、侮れません。


以下、抜粋です
************************
おじいちゃんは、僕の手を握り、おまじないのように呟くのでした。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

それは、無理してみんなと仲良くしなくてもいいんだってことでした。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

それは、わざとぶつかってくるような車も、飛行機も、めったにないってことでした。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

それは、たいていの病気やけがは、いつかは治るもんだってことでした。

それは、言葉がわからなくても、こころが通じることもあるんだってことでした。

それは、この世の中、そんなに悪いことばかりじゃないってことでした。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

僕とおじいちゃんは、なんどその言葉を繰り返してきたことでしょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

僕はずいぶん大きくなりました。おじいちゃんはずいぶん歳をとりました。
だから、今度はぼくの番です。
おじいちゃんの手を握り、何度でも何度でも繰り返します。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

だいじょうぶだよ、おじいちゃん。

http://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=2013
  


Posted by マロンアルファー at 07:35Comments(9)

2008年04月25日

インドネシアのデゥリーさん




小学生のときカタカナ英語にはまったことがあって、父が買ってくれた英会話(カタカナ版)本を読み倒したある日、その本で仕込んだ生きたカタカナ英語がどうしても使いたくなった。

そこで、父に
誰でもいいから外人に会わせてくれ

と頼んだところ、たまたま父の友人夫妻の家に、インドネシア人女性が泊まりに来ていたので、父は私をそこに連れていってくれて、思う存分国際交流をさせてもらったのである。

その女性の名前は私の記憶では「デウリーさん」


どう考えてもインドネシアの一般的な女性の名前なら「デビーさん」のはずだと思うけど、ご本人の発音を忠実に再生した小学生の私の頭の中ではこうなったんだと思う。

小麦色の肌と大きな瞳、上品な笑顔、つやつやのまとめた黒髪、パイナップル生地でできたレーシーな衣装を着てとても素敵な人だったことを鮮やかに覚えている。どうしてその人がそこにいたのかは不明である。





なぜ、こんなことを思い出したかというと、自分の今日の髪型が、そのときのデウリーさんを彷彿とさせるものだったからだ。

この髪型から連想するもうひとつのことは、ハナトコバコの細腕繁盛記だ。その影響で、一時は旅館の女将になりたいと思ったことも思い出した。


そんなこんなで今日は午後一である旅館の女将と会ってきま~す♪
  


Posted by マロンアルファー at 11:18Comments(5)

2008年03月14日

オシッコの快感

朝から変な話でごめんなさい。
お食事中の方は後で読んでください<(_"_)>

昨夜書いた「睡眠の快感」は、どうしようもなく逃れられない大きな快感ですが。
我々人間には、ささやかな「快感」も数多く与えられているような気がします。

その一つが、「オシッコの快感」ではないでしょうか。

尿意を催す。お手洗いに直行。。。。目的を達成する。

この一連の作業の完結は、「とりあえず健康だ」という安心を与えられるとともに、小さな達成感ももらえる素晴らしい出来事だと思うのです。

また亡くなった父の話で恐縮ですが、ALSという病気に冒さた父は、全身の麻痺が進行したため、大好きだった「書く・読む」という作業、しゃべる、食事を楽しむ、自分でお手洗いに立つという自由を次第に奪われていきました。

人や女性が大好きだったこともあって、亡くなる直前まで、くだらないギャグ(手振りなど)で看護婦さんを笑わせようとしたり、遅くまで病室にいようとする私に「早く帰れ」と私にボードで帰宅を促たりという細かい配慮を失わなかった父のことを考えるとき、オシッコの気持ちよさすら、「ありがたいな」と思えるのです。

実は快感は、気付けばそこら中に転がっているんだな。と。

プチ下ネタ、失礼!  


Posted by マロンアルファー at 08:41Comments(4)

2008年02月10日

回想号泣日曜日

開かずの間の整理をしていたら、二回号泣することがありました。

一回目は、「母から子への手紙」という本を開いて読んでしまったときです。

そこにはたくさんのお母さんから子どもへの愛情がみっちりみっちりつまっていました。

中でも、生まれて数ヶ月、12歳、25歳で天国へ旅立ってしまったお子さんや10歳で重い病気にかかってその後遺症が残って脳に障害をかかえたお子さんへの、それぞれのお母さん思いと言葉が心に押し寄せてきて、1日に2回ははwiiのことで親子げんかをしている私に「あなたの子どもだっていつ病気になるか、いつ天国へ旅立つかは誰もわからないのだからもっと大切にしてあげなさい」と静かに言われた気がしました。

二回目は、父の葬儀でいただいた3人の方からの弔辞のコピーが出てきたとき。今は思い出に浸ってる時じゃないとわかっていながら、思わず開いて読んでしまいました。

川柳界の異端児と呼ばれつつあちこちで物議を醸しながらも、父とは長く親しいおつきあいを続けてくれたTさんの弔辞が胸をぎゅうぎゅう締めつけます。

祭壇の前に立って、重く悲しくならないよう努めて明るく書いた弔辞を読みながら、最後に「指でOKサイン」をして見せてくれた彼の泣き腫らした顔が蘇ります。彼は父が亡くなる5日前にも病院に来てくれまし
た。 

同時に、最後は麻痺でしゃべれなくなった父が「心配しなくていいよ」というメッセージを伝えるために、よく指でOKを作って私たちを安心させようとしてくれたことも一緒に蘇ってきて。。。




そのうち、「回想は後でいいから早く片づけろ」と、どこかから声がしたような気がしたので残りの作業を再開いたしました。。


よく考えたら、2月10日は亡き父の誕生日でした。
  


Posted by マロンアルファー at 21:07Comments(9)

2008年01月26日

亡霊とライブへ出かける

朝はひたすら家事三昧。貯まりまくってる家事をばっさばっさと片づけました(ちょと嘘

午後からは、愛する伏見先生http://kappadoujou.ashita-sanuki.jp/e7251.htmlのところに、ようやくお年始(遅い)を提げてご挨拶にいくことができました。差し上げたものは、ふふふ、

これ。http://waken-zanmai.jp/SHOP/lsSIB001.html

自分も実は、和犬の鼻の黒さとしっぽの丸まり方が好きです。

先生のお家は、いつも隅々までピカピカに掃除されてて、奥様は着物と割烹着で、客人を大事にする方です。
お玄関の隣の応接室の日当たりの良い場所に、皺一つ無い状態でこたつにこたつ布団が5重くらいにかけられていて、電気スタンドの灯の許、先生は本をノートに要約していらっしゃいました。素敵な光景。

ひとしきりお話をして

そして、3時から始まるbando-bandライブに間に合うようにおいとまし、

少し遅れて、ギャラリーenに到着しました。

ルーキーとままの横に座ろうと思ってたら、マスターが案内してくれた席が、なんと、生まれたときから可愛がってもらっていた亡き父の友人ご夫婦(今はとても偉い人)でした。。。。休憩時間にご挨拶を交わしまして、思えば私があまり自発的に興味を覚えなかった、連歌、茶の湯、事業に曲がりなりにも関わることになった背景には、亡き父がもっと追求しようとして志し半ばで他界した後、押し付けられた形になっているのではないかと、引き寄せられているような気が現在に至るんだけどと、ご夫妻に近況報告方々お話したら、「きっとそうだわ。今もこの辺でいらっしゃるように感じるわ」と奥様に言われて、妙な安心感と不気味感に包まれました。

bandoネオンは初めてのつもりだったのですが、いろんなところで何気なく聞いたことがある音でした。
サスペンスの「平和な時」のBGMというかなんというか。。今も心地よく耳に残っています。

パーカッションのよしうらさんは、黙ってたら二枚目なのにサービス精神が旺盛で、いろんな楽器(音を出すものは全部楽器という定義で)と、三枚目なパフォーマンスで耳も目も楽しませてくださいました。
ベースはマークさんという外国人プレイヤー、ピアニストは中村力哉さん、どちらも力のある素敵な演奏っぷり。そしてバンドリーダーの大久保かおりさんは華奢でシャイっぽくて可憐な女性。とつとつと話す様子はとても繊細で真面目で、でも勇敢な人だと思わせる雰囲気が溢れていて。。なのに、なんであんなボーイッシュな格好なさってたんだろう。。。と理由をあれこれいらんこと考えてみたり。。

そんなこんなで、今日も暮れていきました。

現在、日本とチリは同点。

明日は、四国村

どなたさまも、よい夜を♪

おやすみなさい☆★☆  


Posted by マロンアルファー at 20:48Comments(3)

2008年01月23日

森陶房@砥部  父に連れていってもらった場所シリーズ1

藍色工房さんのblog(http://aiiro.ashita-sanuki.jp/e7995.html#commentsで)紹介されていた森陶房さんの記事を読んで、昔父に連れて行ってもらったもらった森さんと関係があるかもしれないって思いました。

元官公庁(確か財務局か会計検査院だったか、とにかく硬そうなところ)にお勤めだったという旦那様は絵付けを、奥様が作陶をなさっていたという記憶と、厳しい表情で目は優しいご主人の面長なお顔をいまでもはっきりと覚えています。

砥部焼には幾何学模様や大味な絵付けが多いように感じますが、この方の作品では、繊細な筆遣いや森氏独特の美しい世界を楽しむことができます。

せっかくなので、父に買ってもらった森さんの作品(菜の花と蝶々のティーカップを)出してみました。
今日はこれで紅茶を戴くことにしまーす♪

空はどんよりですが、みなさまには素敵な水曜日を!

  


Posted by マロンアルファー at 11:12Comments(0)

2008年01月05日

亡き父からの年賀状

もちろん今年の年賀状ではありませんm(_ _)m

写真立ての間から出てきた2000年の父からの年賀状の話。

優しい桃色の空に白抜きの太陽。「雅春蕩蕩」とゴシック体で印刷した空の上に万年筆で書かれた文字を見て、父の優しさを思い出し涙が出てきた。

「まあ
ぼちぼち
おやりなさいと
陽が昇る」



この三年後の師走に父は亡くなり、それから五年経った。

生きている時の父なら、今の私を物凄く叱るかもしれない。

でも、魂だけになって、世の中の負の力から全く自由になり、人間の真実を知った父なら何と言うんだろう。

やっぱり

「ぼちぼち、おやりなさい」

なのか

それとも

「いいからもう、帰っておいで」

なのか




従うかどうかは別として、

聞きたい。



「生きがいの創造」という本を読んで、自分が死んだら父にも再会できると信じているんだけど

今、生きて、口うるさく言う父はいない。

そのことが、いつもより凍みる夜


※正月早々死んだ人の話、しかもファザコンなブログを続けてしまいましたm(_ _)m  

Posted by マロンアルファー at 23:27Comments(6)